バルサンを使用する際、「家全体から退出するのは面倒だ」「短時間だから、使っていない隣の部屋に避難していれば大丈夫だろう」という考えが、頭をよぎることがあるかもしれません。しかし、この「隣の部屋への避難」という選択は、安全対策としては全く意味がなく、自らの健康を危険に晒す、極めて無謀な行為です。なぜなら、バルサンの煙や霧に含まれる殺虫成分の粒子は、私たちが想像する以上に微細であり、驚くほど簡単に家全体へと拡散していくからです。バルサンは、部屋の隅々、家具の裏側、そして天井裏といった、普段は手の届かない場所に隠れている害虫まで駆除するために設計されています。その効果を最大限に発揮するため、その粒子は空気の流れに乗り、わずかな隙間さえあればどこへでも侵入していく性質を持っています。あなたが「閉め切った」と思っている部屋のドアも、その下には数ミリの隙間があります。また、壁の中を通る配線や、天井の点検口、あるいは古い家屋の壁のひび割れなど、私たちの目には見えない無数の隙間が、部屋と部屋とを繋いでいるのです。バルサンの煙は、これらの隙間を通り抜け、あなたが安全だと思い込んでいる避難先の部屋へも、確実に侵入してきます。マスクをしていたとしても、微細な粒子を完全に防ぐことは困難です。その結果、薬剤が充満した部屋にいるのと大差ない量の殺虫成分を吸い込んでしまい、頭痛や喉の痛み、吐き気といった体調不良を引き起こすリスクに直面することになります。この危険性は、一戸建てだけでなく、アパートやマンションといった集合住宅では、さらに深刻な問題となります。あなたが使用したバルサンの煙が、壁の隙間や換気ダクトを通じて、隣や上下階の住戸にまで漏れ出てしまう可能性があるのです。これにより、火災と間違えられて通報されたり、隣人が体調不良を訴えたりといった、深刻な近隣トラブルに発展するケースも少なくありません。バルサンを使用する際は、「家という建物全体が、一時的に危険区域になる」という認識を持つことが不可欠です。隣の部屋は、安全な避難場所ではありません。それは、危険地帯のすぐ隣にある、もう一つの危険地帯に過ぎないのです。