それは、ゴールデンウィークを過ぎた、初夏の日差しが心地よい五月の午後のことでした。私は、リビングの窓から、我が家の小さな庭をぼんやりと眺めていました。その時、軒下の隅、ちょうど雨樋の付け根あたりを、一匹のアシナガバチが、しきりにホバリングしながら偵察しているのが目に入りました。最初は「たまたま迷い込んできただけだろう」と軽く考えていたのですが、翌日も、またその翌日も、ほぼ同じ時間帯に、同じ蜂が同じ場所を念入りにチェックしに来るのです。これは間違いなく、巣作りのための下見だ。私は直感的にそう感じ、背筋に冷たい汗が流れるのを感じました。去年、お隣さんがベランダに巣を作られ、業者を呼んで大騒ぎしていたのを目の当たりにしていたからです。まだ巣はできていない。今なら、まだ間に合うかもしれない。私はパニックになりながらも、インターネットで「蜂 巣作り 予防」と検索し、そこで「木酢液」という存在を初めて知りました。「山火事の匂いで蜂を遠ざける」。そのフレーズに、私は藁にもすがる思いで飛びつきました。その日のうちに、近所のホームセンターで木酢液とスプレーボトルを購入。帰宅後、説明書に書かれた通りに水で薄め、独特の燻製のような匂いが立ち込める忌避スプレーを完成させました。日が暮れるのを待ち、私は意を決して、蜂が偵察していた軒下の周辺に、これでもかというほど木酢液スプレーを吹き付けました。壁が少し茶色くシミにならないか心配でしたが、もはやそんなことを言っている場合ではありません。翌日の午後、私は固唾をのんで、窓から定点観測を始めました。すると、いつものように、あのアシナガバチが飛来したのです。しかし、昨日までとは明らかに様子が違いました。巣を作る予定だったであろう場所に近づいた瞬間、明らかに嫌がるような素振りを見せ、数回旋回した後、そのままどこかへ飛び去ってしまったのです。その日以来、私の家の軒下に、あの蜂が姿を見せることは二度とありませんでした。あの時、偵察段階で先手を打てたこと、そして地道にスプレーを続けたことが、私のささやかな勝利の要因だったのだと思います。あの焦げ臭い香りは、私にとって、平穏な夏を取り戻してくれた、忘れられない香りとなりました。