秋の気配が漂い始めた九月の下旬、私は奥多摩の低山を単独で歩いていました。当初の計画では午後三時には下山する予定でしたが、途中の景色に見とれてしまい、気がつけば太陽は西の空へと大きく傾いていました。山道が木々の影に覆われ、薄暗くなり始めた午後四時半頃のことです。背後から低く重厚な「ブーン」という羽音が近づいてきました。反射的に振り返ると、そこには体長四センチメートルはあるかというオオスズメバチが一匹、私の頭上を円を描くように旋回していました。スズメバチの活動時間が終わりに近づくこの時間帯、彼らは巣へ戻る前の最後のパトロールを行っており、非常に神経質になっていることを私は後で知りました。その時の私は、恐怖で心臓が飛び出しそうになりながらも、以前読んだ「ハチに遭遇した際の対処法」を必死に思い出しました。大声を上げたり、手で振り払ったりすることは、ハチに攻撃の合図を送るようなものです。私は息を殺し、姿勢を低くして、ハチの動きを注視しました。ハチはこちらの体温や呼吸に含まれる二酸化炭素を感知しているのか、一分近くも私の周囲を離れませんでした。夕暮れ時はハチの視力が低下し始める時間帯であり、それゆえに対象をより慎重に確認しようとする習性があるのかもしれません。ようやくハチが興味を失ったように森の奥へと消えていったとき、私は全身から力が抜けるのを感じました。この体験から得た最大の教訓は、山のハチの活動時間と人間の行動圏が交差する「マジックアワー」の危うさです。日中の活動ピークを過ぎたハチたちは、一日の労働を終えて疲労している一方で、巣を守る本能は研ぎ澄まされています。また、夕方の斜光はハチの複眼にとって特定の物体を強調して見せる効果があるとも言われており、私の黒いザックが彼らにとって天敵であるクマのように見えていた可能性も否定できません。山における安全な活動時間とは、ハチが目覚める前の早朝から、彼らが活発になる前の午前中までであり、夕暮れまで山に留まることは、ハチの防衛網を正面から突破しようとする無謀な行為に等しいのです。あの日の羽音は、今でも私の耳の奥にこびりついています。それ以来、私は登山のスケジュールを立てる際、ハチの帰還時間よりも二時間は早く下山できるよう設定するようになりました。自然界のルールを無視した代償は、時として命に関わる刺傷事故という形で支払われることになります。スズメバチの活動時間を甘く見てはいけません。彼らの王国が静まる夜を待つのではなく、彼らが主役となる日中の時間をいかに賢く避けるか。それが、山を愛する者が身につけるべき、真のサバイバル術なのだと痛感した出来事でした。
登山の夕暮れ時に遭遇したスズメバチの脅威と回避の記録