東京での生活を切り上げ、憧れの沖縄移住を果たした私が最初に直面した壁は、言語の壁でも文化の壁でもなく、夜のキッチンに現れた一匹の影でした。沖縄の生活に慣れ始めた頃、深夜に喉が渇いて電気をつけた瞬間、冷蔵庫の横に張り付いている物体を見て、私は思考が停止しました。最初はセミが迷い込んできたのかと思いましたが、その独特の触角の動きと、光沢のある茶褐色の体を見たとき、それがゴキブリであると理解しました。あまりの大きさに、本土で使っていた市販の殺虫スプレーが効くのかさえ不安になるほどでした。沖縄のゴキブリがでかい理由について、地元の友人に尋ねたところ、笑いながら「沖縄の自然が元気な証拠だよ」と返されました。地元の人々にとって、この巨大なワモンゴキブリは日常の風景の一部であり、驚く対象ですらないようでした。特筆すべきは、そのサイズだけでなく行動の大胆さです。彼らは人間を恐れるどころか、時には堂々と空を飛び、標的に向かって滑空してくることさえあります。あの重厚な羽音は、一度聞くと忘れられません。調べてみると、沖縄では冬眠という概念が彼らにはなく、三百六十五日フルタイムで活動しているため、成虫になるまでのスピードが速く、かつ個体が頑丈に育つのだそうです。都会の狭いアパートで見かけるひょろりとした個体とは違い、沖縄の個体は厚みがあり、生命力の塊のような威圧感を放っています。この巨大な隣人とどう向き合うかは、移住者にとって避けて通れない課題です。私はその後、家中の隙間を塞ぎ、段ボールを溜めないといった徹底的な防衛策を講じましたが、それでもベランダから飛来してくる彼らを完全に防ぐことはできません。沖縄の豊かな太陽と湿気が、彼らをこれほどまでに逞しく育て上げたのだと思うと、恐怖を超えて一種の畏敬の念すら抱かざるを得ません。沖縄で暮らすということは、こうした強靭な生命力を持つ生き物たちのテリトリーに、人間がお邪魔しているという感覚を持つことなのかもしれません。